潮騒
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三島文学の中では異色の一冊だと思われる。
それは、この作品があまりにも王道をいった恋愛小説であるとともに、胸糞が悪くなるような表現が一切用いられていないからだ。
作中で、主人公の恋敵である安夫が姦計をめぐらすのだが、相手の女性は見事にそれをかわしてしまう。恐らく他の三島作品であれば、醜いほどドロドロな状況に陥らせ、その内面を抉り取るような描写をする場面なのだが、この作品に限っては万事が綺麗に片付いてしまう。
言い方を変えれば、上辺の心理描写だけを行った深みのない作品ともいえるのだろうが、三島由紀夫という人物が作者であることを鑑みれば、これが意図的な構成であると考えてしまうのが普通だろう。
もし三島文学のうち、この「潮騒」を最初に手に取っていたとしたら、私は三島由紀夫という作者を好きになれなかったかもしれない。しかし「金閣寺」「禁色」その他の作品に一通り目を通した上で本書にいきあたったとすれば、それはまた違った感触を得ることになる。